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2005年 10月 24日
当番時間 06:00-08:00 部隊のみんなが休暇から戻るとともに、何故かまた正門からこの楽な作戦室前の衛兵に戻された。嬉しい事ではあるけどね。明日から部隊のほとんどの人は恆春という所に行って実弾射撃訓練を行うが、それとともにまた衛兵の担当箇所が変わるかもな。こうしてまた日記を綴って行こうかと思ったけど、よく見たらノートがかなり少なめになってきてるから、やっぱし書くのやめようかな。休みで台北戻ったらまた買いに行かないと。こうやって書き物のために使う機会って実はそんなになく、今まではこのノートを手紙の便箋代わりに使っていたけど、今度は直接便箋を買ってしまおうかな。もちろんMUJIでね。いや、MUJIは高いからやっぱいつもの安売りのとこにしようかな… 当番時間 20:00-22:00 嫌な噂が聞こえてきてしまった。一週間後にはめでたく休暇がもらえると思っていたが、どうやらまた任務の関係で変動がありそうな感じ。変動になってくると、本当にいつ休みになるのか分からなくなってくる。隊員たちの休暇計画を決める人事担当とは結構仲がよく、話を聞いてみたんだけど、彼もみんなの事考えて変動には反対だし、何度かの変動を受けてせっかく今の休暇計画にたどり着いて事もあって、もうこれ以上の変動も彼には重い負担になるだけで、上に事態がよくなるよう働きかけるつもりらしい。来週休めるかは、彼の力にかかっているとも言える。 2005年 10月 22日
そして我慢出来ずにまた書いてしまう。留守はやっぱ基本的に暇で、さっき新聞を読んでいたら書いて置くべきことが二つ出てきた。一つ目は昔の記憶から引っ張り出した話。前回の休みに長距離バスに乗って台北に向かう時、車内ではニュース番組を放映していた。その時にニュースを読み上げていたキャスター、顔こそ覚えがないものの、なんと名前が小学校(まだ台湾にいた頃)の時に好きだった女の子と一緒だという事に気付き、もしや?という気持ちでいっぱいになった。顔なんて昔の思い出過ぎて覚えてないし、その頃の写真もないから同一人物かどうか確認しようがない。 実は”好きだった”という言い方もちょっと微妙である。あれは高雄市の小学校に通っている頃の話で、当時オレがその子を好きなんじゃないの?っていう噂が立ち、一時期クラスがそんな話題で持ちきりだったのを記憶している。が、オレはといえばそんな気もなく、”好き”なんていう気持ちも理解してるか微妙で、更にその子と噂が立つくらい親密だった記憶もない。で、突然そんな噂が立ったから、「え?そうなの?」ってびっくりしたくらいだ。小学校二・三年生にして初フライデーされちまった。そしてそのまま「そうなんだぁ」と何故か納得しその子を気にし出してしまったオレである。その子はクラスでも一・二を争う可愛さだったのは記憶している。TVで見たキャスターも綺麗だったけど、オレのタイプじゃなかったなぁ。いや、そんな話をしてる訳じゃなかった。同一人物だったらちょっとすごいなぁと思う今週この頃であった。(こんな使い方は駄目か?) もう一つ、今日の新聞に母親の実家がある苑裡が紹介されていた。このHPのフォト・ギャラリーでも写真で紹介した事があるあの海岸の夕日が、名所として記事になっていたのだ。なんとも嬉しい出来事だ。TVとかで旅行に行ったことのある場所が映し出されて、「おぉ知ってる知ってる」ってああいう感覚に加えて、苑裡は自分の遠いルーツでもあるから、その感情はまた格別なものがある。 2005年 10月 21日
当番時間 04:00-06:00 運良くまた今日もこのまま場所を替えずにここの当番に。この場所の衛兵をしている限り、日記は綴って行こうと思う。衛兵当番のシフト表、昨晩ちょっとしたミスがあった。出来上がったものを見ると、オレの番は他の場所に変わっていて、時間は今日早朝2時からとなっていた。これを見つけた途端、シフト表を作った先輩に抗議した。昨晩は深夜24時までの番だったのに、そのまま2時間だけ休んでまた当番だなんていくらなんでもひどい話だ。昼間ならまだしも、睡眠時間がタダでさえ少ない夜にそれをやられてはさすがに持たない。他にも一人そんなシフトを組まれた人がいたが、これは完全に先輩が前日のシフトをよく見なかったミスによるもの。正式に公表する前に見つけられてよかったよ。 事件といえば昨晩はもう一つ、休暇をもらえて本当なら昨日の18時に軍営を出られる人たちがいたが、晩餐会は全員参加ということでまずはそれに参加し、それで1時間休暇が少なくなった。それならまだしも、更に一部の人たちが任務のために予定されていた休暇がなくなるという長官の決定があり、その事でまた時間が遅れみんなかなりタイムロスを食らった。結果的には全員無事に休めたんだけど、新しく入れ替わった長官は本当にこういう事をよくやらかしてくれる。これじゃみんなの信用がなくなり、士気がなくなってしまうのは目に見えているのに。 当番時間 10:00-12:00 今朝また続けてみんな休暇でいなくなって、宿舎には衛兵担当者による留守番部隊だけが残った。長官も一人しかいなく、基本的に留守の時は長官もあまり顔を出さないので、衛兵の仕事と掃除さえしっかりやっていれば、その他の仕事を与えられる事はない。はっきり言って楽だ。実際今回の当番まで何をしたかって、6時に前回の番を上がってからずっと寝てたからね。寝過ぎて逆に疲れるくらいだ。だけど、衛兵をやっていると寝過ぎの状態であってもまた寝られちゃうんだな。多分一度の睡眠時間と質がよくないからだと思う。休める時があっても、正常な睡眠が取れるわけじゃないから、長い間休暇もなく衛兵を続けていると、本当に疲れてくる訳で。ちなみにオレは後10日間は続けていなきゃいけない、覚悟しなくては。 当番時間 18:00-20:00 午後もやっぱり暇で、14時半くらいまでたっぷり昼寝した後、あまりに暇で、しかも寝る気にもなれなかったから、寝室を掃いたりモップ掛けしたりした。ゆっくり時間かけて掃除していたから、先輩になにやってんだって言われてしまった。こんな留守の楽な時に仕事をしているのも珍しいからね。それ程やる事がなかったのだ。それにしても今同じ留守している後輩を段々嫌いになっていくのを感じる。先輩であるオレが一人でホウキ持って床を掃いたりしていたにもかかわらず、何も手伝おうともせずにただ横で見ていて、またくだらない事を一人で話し出したりする。ゴミが散ると困ると掃く時は扇風機を止めるんだけど、隣で暑い暑いとうるさかったりするし。別に手を出してほしい訳じゃないんだけど、そういう手伝おうとする心も微塵もないから本当嫌になる。二十歳過ぎのいい年してそういった事が出来ていないのってどうだろう。わざわざオレが口を出して教える事か? また正門の衛兵になってしまうようだ。てことはもう日記も書けないかな。てかこれだけ書けば十分か。台北に戻った後パソコンに打ち込むのが大変そうだ。だぁ、嫌だなぁ、正門…。 2005年 10月 20日
当番時間 10:00-12:00 歩いてきましたよ、えぇ。でも終わってみての感想は「なんだこんなものか」と言う程度だ。たくさん汗かいたし、疲れたには疲れたが、先輩達の言うほどでもなかった気がする。思えば前回の夜行軍は軍営をぐるぐる8週回ったが、その単調な感じの方が疲労感はあった。今回歩いたのは山道だし、水門周りは広くていくら歩いても抜け出せない感覚はあったけど、景色は移り変わるし、なかなか眺めが良かったりするので、リフレッシュしながらの行軍となった。 軍営に戻って銃をメンテした後に、ちょっとした事件が起きた。汗だくになったんだし気持ちよくシャワーでも浴びようかと思ったら、なんと、水が出ない。いくら蛇口をひねっても無駄、出ないものは出ない。仕方がないから他の部隊の浴室を借りて無事に洗う事が出来たが、本当にうちの宿舎はよくこういうことが起こるので困る。夜は段々と冷え込んできているのに、未だお湯が出なくて寒い思いしてるし。 それはそうと昨晩は素晴らしい事に深夜の衛兵当番がなかった。夜行軍が実施された事への考慮と、運良く昨日は休暇から戻った人が当番を変わりに受けてくれたので、夜はゆっくりと休めた。衛兵をしているものにとってこれほど嬉しい事はない。 当番時間 22:00-24:00 昼の当番を終えた後は宿舎に戻って休んだ。後輩が持ってきてくれた弁当をあり難く食べ、昼寝をした。昼の当番は時間的に食堂にいって昼食をとる事が出来ないので、当番の時はいつも次の番が昼食を用意してくれる。これで安心して当番につくことが出来るという訳だ。 午後は軽く討論の授業をした後、ソフトボールの対抗試合に参加した。こうして球技で遊ぶのはかなり久しぶりで、なかなかない事だったりする。試合は敢え無く大敗を食らったが、結構楽しめたのでよしとする。そして夜は月一度の晩餐会が開かれ、いつもより豪華な食事をした。飲み物も飲み放題だしなかなかの計らいだと思う。しかしやる度に食べ物の質が落ちている気がするのはなんとも部隊の経済状況を表している。 今日この当番が終わればもう今迄みたいに日記が書けないかもしれない。明日から守る場所が変わるかもしれないからだ。ここは楽だし替えてほしくはないけど、衛兵に立てる人が少ないから仕方のない面もある。 この頃後輩達と話していて思うのだが、彼らの年齢が若ければ若いほど、「疲れて死にそうだ」とか、「大変すぎて気が狂いそうだ」などという表現を簡単に使っている様な気がする。それに関係した事で、小さな事でもすぐに文句を言ったり、弱音を吐いたりする。やはり若いほど苦労に耐える事が出来なくなっているのか。もちろんこれは一部の人を言っているだけなんだけどね、ちゃんと礼儀もわきまえも分かって懸命に働く人はもちろんいる。ただ、割合的にそういう人が少なくなっているような気はしている。「死ぬ」や「気が狂う」などの類の言葉は、簡単に口にしちゃいけないと思う。ていうかそう教えられてきた。それはやはり縁起の悪い言葉だし、本当にそうなったらとても恐ろしい事でもあるし。まぁこれはオレ自身が後輩にとって話しかけやすく、後輩達が気を許して色々と話してくれているから、そういう言葉が飛びやすくなっているのかもしれないけど、それにしても聞いていて気持ちのいいものではないので、これからゆっくりと教えていこうかと思っている。彼らのような人にとって、兵役は本当に色々学ぶのにいいものなのかもしれないと地味に思ったりして。とは言え、軍のレベルが段々と落ちて、学べる事が少なくなっているのは否めない事実でもある。 2005年 10月 19日
当番時間 06:00-08:00 一晩明けて再び衛兵に。昨晩は宿舎に戻ると、演習訓練があるかもしれなく、寝てる途中に起こされて集合するかもしれないとの事だったので、いざって時に備えて、迷彩服を着たまま寝た。実際は何もなく朝までぐっすりだったが、最近は夜も冷えるので、迷彩を着てちょうど良く眠れた。 朝から晴れそうな雰囲気だな。今日はみんなが夜に雨が降ってきてほしいと願っている。夜行軍という夜に武器を持って長距離移動をする訓練があるんだけど、それが今夜に予定されているのだ。それもいつもより長く歩くらしい。本当はこの訓練は一ヶ月に一回第三水曜日にやるんだけど、オレは部隊に来てからまだ一回しか歩いていない。運良く休暇だったり、衛兵やってたり他の集中訓練に行ったりしていたので参加しなくて済んだのだ。だけど今日は逃れられそうにもない感じだな。 昨日の夕方に部隊は売店に行く予定だったが、外掃除をする命令が降りてしまったので、各班の代表だけが行く事になり、オレは掃除に行く事になって買い物出来なかった。買い物と言っても切手を買うだけだったんだけどね。本当は切手を買って、その場で書いた手紙を送りたかったんだけど、お蔭で実現せずに、未だ手紙が送り出せずにいる。参った。後輩が切手を持っているらしいのでもらえるかもしれないけど、手紙を出すのが遅れて実に残念だ。 あまりに暇で、手帳に除隊予定日を書き込んで、カウントダウン日数も書いてしまった。これは義務で兵役についている人がよくやる事で、オレはまだ早いと思っていたが、意外とそうでもなかったかもしれない。残り155日、長いか短いかは、ご判断に任せたい。そういや昨日先輩が一人除隊になったな。衛兵の交代しに来た時は残り6時間で、笑顔がこぼれていた。オレにもそんな日が必ず来る、がんばろ。 今日部隊のみんなは7時起きだったみたいだ。何でだろう。昨日聞いた夜間の演習訓練が関係してるのかな。後で聞いてみよ。 当番時間 12:00-14:00 昼休みの時間に番が回ってきた。昼寝の習慣がついている訳ではないが、衛兵をやると睡眠不足になるから、今かなり眠い。2時間立って、2時間休んでからまた16時から立つという珍しく厳しいシフト。そしてその後夜行軍があるって思うとちょっと参る。 さっき戻って今朝の遅起きの理由を聞いたが、やはり昨晩の演習訓練と関係があるようだ。実際には急に起こされて集合する事はなかったが、それでも夜遅くまで待機の状態にあったらしく、今朝はそのために起床時間を遅くしたようだ。いいな。一時間でも多く寝られるとかなり違う。気持ち的にも体力的にもかなり違う。ま、衛兵やってる以上それは期待出来ないんだけどね。 今、良くしてもらっている班長がここに物を届けるついでにこの日記を眺めていった。そしてなかなか答えに困る質問をしていった。「ゲームとかで見たことあったりしたけど、日本語って漢字と平仮名を混ぜて使うよね、何故自分達の文字だけを使わないんだ?」これは日本の国学者の間でも討論されている問題でもあったような気が。確かに中国語は漢字だけを書いて表されるし、英語でもアルファベットだけを使うし、日本語のように違う国の文字と自国の文字を混ぜて書く言語は他に類を見ない。あるのかもしれないけどオレは知らない。簡単に説明はしたが、昔からこうですって言う主旨からははみ出さなかった。本当に答えようとするとそれこそ論文が書けそうだからね。オレももっと勉強しないと答えなんて分からないし。 でもよくよく考えてみれば、日本語もすべて漢字で書かれている事にはならないだろうか。だって平仮名もカタカナも漢字を簡略、または変形したものなんだから。それにしたって日本人はすごいと思う、他国の文字を文法も全く違う自分達の言葉にこんなにも自然に取り入れているんだから。 当番時間 16:00-18:00 しかし随分書いたなぁ、本当に暇だっていうのが伺えるよな。そういえば手紙、無事出す事が出来たみたい。”みたい”と言っているのは、例の後輩から切手をもらって、正門の衛兵に頼んで正門のすぐ外にあるポストに投函してもらったからだ。このポストがちょいと曲者で、受け口の案内には中国語ではなく英語だけの表記になっていて、英語がよく分からない衛兵はわざわざ手に書いてある案内を写してオレのとこまで一度聞きに来てくれた。協力してくれて本当に感謝しているが、「AIR MAIL」っていう案内が分からないというのもどうかと思う。しかしこんなど田舎の郵便ポストに英語の案内しか書いてないって言うのもすごい事だ。 さて、天気の方はというとなかなかいい感じに晴れていて、今夜のお散歩は避けられそうにない。と言うことで、番に着く前に既に靴下を二重に履き、更に足にはたっぷりとベビーパウダーをふって準備万端の状態だ。今夜は近くにある水門の周りを歩く予定で、先輩の話に寄ればかなり疲れるらしい。外で授業をしていたみんなも夜行軍の準備のため、いつもより早めに引き上げているのが今見えた。部隊はこれから準備を進めて、早めに夕食をとって訓練に備えるだろう。ここにも早めに次の番が引き継ぎに来るでしょう。 あぁ嫌だな。ただ歩くんなら構わないんだけど、歩兵銃とかも持って、ヘルメットとかも装備した状態だから本当疲れるんだよな。特にヘルメットは長時間かぶってると頭のてっぺんが痛くなるし。ま、感想は次の番の時に書く気力があったら書こうかな。疲れて鉛筆を持ち上げる力もなかったりして、あはは… 2005年 10月 18日
当番時間 22:00-24:00 この頃は衛兵の仕事をもらいこなしているが、前に受け持った正門とは違って、今回守る事になった所は基本的に立っていればいい場所だから、こうして日記をつけることも出来る。本当にここはボケーッと立っているだけなので、こうやって書き物をしたり、先輩みたいに小説や雑誌をもってきたりしないと、時間がなかなか過ぎていかない。まぁ実はどれも禁止されてはいるんだけどね。 今日はこの衛兵の仕事、あとは外掃除で一日が過ぎていき、楽な一日を過ごした。こんなに楽に過ごしたのは久しぶりだな。そういえば初めて衛兵を受け持ったのもここだった気がするな。めぐりめぐって同じ所に戻ってきた訳だ。 同じ場所にとある後輩も来ているんだけど、この頃この後輩のたわ言をずっと聞かされるので気分が悪い。除隊を早くしたいだの、先輩は先に除隊出来るからいいだの、皆が同じように悩みとして持っているような事を、あたかも自分だけが苦しんでいるかのごとく話してくる。実に迷惑だ。大体オレのほうが先に兵役に就いたんだから先に除隊になるのは当たり前じゃん。そしてそのマイナス思考、責任を逃れる態度、見ているだけで腹が立つ。加えて彼は足に怪我を持っているので、その事で自分は保護されて当たり前だと勘違いしている。厄介な奴である。そういう事を話すことでストレス発散をしているのかもしれないから相槌を打ったりするが、基本的に彼とは会話を交わしたくない。彼がオレみたいな状況下にあったら、多分ストレスで押しつぶされちゃうんだろうな。自殺とか図ってしまうのかもしれない。そんな事はともかく、全く弱過ぎる奴だ。人のことを言ってる場合じゃないとこもちょっとあるが…。 しかし眠いぞ。眠た過ぎる。こうもやる事がないと暇つぶしも出来なくて段々まぶたが重くなってくる。早く床について就寝したいな。 < 前のページ次のページ >
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