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2004年 12月 26日
中華民国へ
 兵役が始まる前もそうだった。軍営にいるときもそうだった。そして昨日1人で歩いている時、その感情は絶頂に達した。未だに、どうして自分がここにいるのか、よく分からない。兵役が嫌だから拒否して理解しようとしてないだけなのかもしれない。特にこの一ヶ月、そんな思いが更に増しているのを感じている。まだ一ヶ月、だけど、感じるものはたくさんある。
 台湾にいてもう半年以上、特に自分にとって心地いい場所も見つからないし、台湾もまだ外国でしかない。そんな外国に強制的に半年以上もいる訳だ。兵役をこなさない限り日本に帰れないし、一応はそれを受け入れるしかないのだけど、兵役を受ける意義が理解できない。長官や周りの大人たちはこの一年半は必ず実りのあるものになるという。だけど、この一ヶ月訓練を受けて、そんな予感をさせない生活を過ごしたように感じた。
 まだ一ヶ月、これからなのかもしれないが、今の時点では軍での生活に全く意味を見出せない。寝床にも飯にも困らない、言われた事をただやっていくだけの日々。こんな事をわざわざこんな外国に来てまで体験しなくてもいいだろって気になってくる。オレ自身がまだ子供で成長し切っていないからこんな文句が出るのだろうか。とにかく、これが正直な今の気持ち。そして、休みになれば自分の家に帰れたり彼女に会えたり出来る仲間がすごく羨ましい。
 中華民国よ、これを続けてたら自分の役に立つなぁって思うような訓練を受けさせてくださいよ。じゃなきゃさっさと家に帰してくれよ。お願いしますよ。
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by aynil24 | 2004-12-26 18:12 | stairways to heaven?
2004年 12月 25日
自分一人の時間
 自分の生活リズムにまた戻りつつあるのか、今日は昼前になってから目覚めた。昨日までは軍営での習慣が抜けなかったせいか、6時過ぎには必ず目が覚めていた。そんな訳で今日はよく寝た。こんなにぐったり昼近くまで寝たのはいつ振りだろうか。
 遅い朝食を食べていると、伯父がおばあちゃんを連れて戻ってきた。一気に家の中がにぎやかになる。おばあちゃんの耳が遠いお蔭でみんなして声が大きくなる。話したりした後、伯父一家は買い物に出かけるというので、おばあちゃんも一緒についていった。オレはそのまま留守番。1時間過ぎた後くらいにみんな戻ってきたが、おばあちゃんは普段家にいてくつろいでいるかたまに近くの市場に行くくらいで単調な生活、そんな訳だから伯父一家と買い物に出かけたのはとても楽しかった様子。帰ってくるとみんなで遅めの昼食をとって、その後おばあちゃんは昼寝を始めた。
 オレはというとまたパソコンの前に座り始めたが、程なくして親父から電話が入った。これからお寺にお参りしに行こうとのお誘い。特に予定もないので、一緒に出かけることになった。落ち合ってバスに乗って台湾旅行ガイドにも載っているであろう行天宮へ。入り口でお線香やお供え物などを買って中へ。お参りをする人でごった返していた。親父の話だとここは平日でもこんな混み具合。んなに人が来たら神様も誰が誰なのか分からなくなりそうだ。
 親父はオレが軍隊で何事もなくやっていけるように願ってくれたようだ。オレはと言えば早く日本に帰れるようにと意味のあるようなないような願いをした。後で気が付いたんだけど、つい癖で日本語で願をかけたんだよな。神様は分かってくれたのでしょうか。まぁ行天宮は観光名所で、日本人もよく訪れるみたいだからここの神様も少しは日本語が分かるようになっているのだろうと勝手に納得しておこう。
 お参りした後は昨日パーティをやった伯母家に行ってくつろぐ。そのままそこで夕食を頂いた。予想通りだけど、昨日の残りが主だった。そりゃそうだ、明らかに昨日は食べ切れない量が用意されてたからなぁ。夕食を食べると、オレは一人で夜景を撮りに出かけた。クリスマスという事で、101タワー周辺が綺麗にライトアップされているとの情報を新聞からゲット。それを是非写真に収めたいと思った訳だ。
 MRTに乗って一路101タワー方面へ。駅を出て台北市政府からゆっくり歩いて回る。1人でこうして歩き回るのも久しぶりだな。やっぱり1人のほうが気が楽だ。肝心のイルミネーションだけど、いまいちだったんだな。自分の気持ちが暗かったせいもあったせいか、綺麗には思えなかった。それよりも人でごった返しているのが目に付く。何枚か写真を撮ったが、微妙な感じ。
 夜の中正記念堂も一度見てみたかったので、またMRTに乗って移動。車内も人が多い。クリスマスだし、土曜日でもあるもんな。中正記念堂ではなかなかいい雰囲気の写真が撮れた。ここんとこ雨が降ったりやんだりで、地面には水溜りも出来ていたけど、それがまたいい感じ。行ってみて正解だった。ついでに近くにある総統府にも行って写真を撮った。中正記念堂の正門も総統府も、もう工事中じゃなくなってたからよかった。出来れば彼女と一緒に歩きたかったな。前回彼女と来た時は工事中で残念な思いをした。
 でも、また彼女と歩きたいのは、横浜かな、やっぱり。初めてデートした場所でもなんでもないんだけど、いつの間にか2人の思い出の場所になった横浜。次に行けるのはいつになるんでしょ。
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by aynil24 | 2004-12-25 23:59 | soldier’s holiday
2004年 12月 24日
クリスマス・パーティ in 伯母家
 今日もゆっくりと過ごす。洗濯物を畳んだり、ネットしたりギターを弾き倒してみる。好きな曲を聴きながら、ギターもプレイしながらっていう時間を過ごしていると、無性に録音したくなったり、バンドで大音量を出したい気分になる。自宅に帰るのと同様、兵役が終わるまでこれはお預けか。あぁ、思いっきりブルースをやりたい。絶対に新しいエレキを手に入れて、それで思いっきり弾くんだ。休みは出来る限り時間を使って練習したい。
 クリスマス・イブの今日、ずっと家にいる訳でもなく、夕方6時ごろから出かける。子供たちのいる伯母のところにお呼ばれされているのだ。今日はまたまたみんなで集まってちょっとしたパーティをやるようだ。オレは一番早くについたんだけど、そこから色んな親戚がやってくる。親戚といってもほとんどがオレとは血の繋がりがない人らなので、これまた知らない人ばかり。でもやっぱりみんなオレの事を知っている。4・5歳頃のオレをね。何人かは顔に見覚えがあったりするんだけど、全然知らない人とも昔話に花を咲かせられる不思議な状態に。
 みんな食べ物やプレゼントなど両手にいっぱい抱えてやってくる。オレは何も用意してなかったからちょっと恐縮しながら端っこで様子を見てたりして。持参の食べ物とは別に、伯母も料理を何品か作っていた。伯母は本当に料理上手で、何でもこなす人。因みに伯母は生け花の指導をしているんだけど、マミフラワーデザインスクール台北教室の講師をやっている。その関係で、年に一度は日本を訪れたりするらしい。クリスマス・パーティなのに伯母の料理も持参の食べ物も中華料理や台湾料理ばかり。まぁいいんですよ、うまくてお腹いっぱいになれば。
 そんな訳で、にぎやかな晩餐会がスタート。子供たちはゲームをしながら食べたり騒いだり、大人たちは座ってはいるが話に花が咲いてこれまた騒がしい。オレも兵役の話題で質問されたり状況を報告したり。そしてここぞとばかりに料理に食いつく。何を食べてもうまい。子供たちの中で気になる子が2人、何がってすごい老けてる。来てる親戚の中で唯一顔に見覚えがある伯父の子なんだけど、伯父はベビーフェイスなのに、息子さんたちがどう見ても自分のお父さんより老けている。失礼ながら彼らをずっと見つめてしまったオレであった。
 夕飯が終わると、今度はプレゼント交換が始まる。それぞれ持ち寄ったプレゼントに番号をふって、順番にくじを引いてプレゼントをもらうっていう仕組み。もう大人も子供も混じって大騒ぎ。オレにも順番が回ってきて、恐縮しながらくじを引く。綺麗なろうそくを当てた。これを書いてて思い出したんだけど、せっかくもらったプレゼントをそのまま伯母の家に置いて来てしまった様だ。そして子供たちのショータイムになる。台湾の有名アーティストらしい人らの曲を流して、それに合わせて歌ったり踊ったり。可愛いったらありゃしない。
 こんなパーティは我が人生を通じてそう何度も経験してないけど、そのほとんどを台湾で経験してる気がする。やっぱ親戚多過ぎ。親戚が集まっただけでパーティ状態だ。それにしても楽しい時間を過ごせてよかった。
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by aynil24 | 2004-12-24 23:59 | soldier’s holiday
2004年 12月 23日
新兵訓練も終盤
 新兵訓練もいよいよ終了、これから抽選でその後の配属が決まるんだけど、その前に今日から5日間の休暇が与えられている。そんな訳で、昨日の夜にまたバスに乗って台北に戻ってきた。前回もそうだったけど、バスを降りた後、近くに住んでいる仲間3人でタクシーに乗って帰宅。この方が早いし、3人で割るから料金も安く済む。で、乗ったタクシーの運転手がまた面白かった。なんと、海軍陸戦隊のOBだったのだ。20年以上も前に引退してるんだけど、色々語ってくれた。「また軍営に戻って軍歌歌うんだろ?」とか言いながらその一節を歌い出した時は大爆笑だった。まさか台北に来てまであの歌を聴くことになるとは。
 さて、前回の休みから10日間あまり、実弾射撃があったり期末テストみたいのがあったりと結構充実していた。実弾射撃は射撃場に4日間泊り込んで行う。射撃場は軍営から5・6キロ離れたところにあって、まずそこまで武装して銃を持った状態で歩いて向かう。武装したまま照りつける太陽の下を1時間以上歩くのは結構つらい。沿道は台湾南部らしい風景が広がっていたが、それを眺める余裕もない。
 射撃場に着いて、ろくに休憩もせずに射撃演習が始まる。まずは25m先の的を狙って射撃の精度を確かめる。ここで姿勢を正したり、銃を調整したり。一日目はそれで終わって、次の日からは175mの本格的な射撃が始まる。一日目の調整でかなりいい感じだったオレ、175mになるとガクンと命中率が下がる。がっかり。
 そんな訳で実弾射撃を体験したんだけど、その音・反動の衝撃を初めて感じて少し感動。今まで映画とかで見て想像する事しか出来なかった事だったし。反動は姿勢が正しければ難なく抑えられるんだけど、音に関しては抑えられるものでもなく、多くの仲間が射撃後耳がキーンとなると言っていた。オレは大丈夫だったけど。バンドで鍛えられたのだろうか。また不思議なもので、自分の銃の音はほとんど感じず、隣で撃っている音のほうがはるかに大きく感じて、びっくりしたりした。
 射撃場での生活は本当に単純で、昼間銃を打って、夜はその銃を分解して各部品を綺麗に拭いたりする。メンテが大事なのは承知してるけど、オレはこの作業があまり好きじゃない。何がって手がすごく汚れるから。それだけならいいんだけど、石鹸で3回洗っても落ちなかったりするから嫌い。でもメンテしなきゃ射撃中に故障したりするのでそこは我慢してやったりする。
 射撃場から軍営に戻ると、新兵訓練の期末測定に向けて準備が始まる。この期末測定は全員が参加する訳じゃなく、各連の各排の3つ目の班が抽選で選ばれて測定に参加する。「連」の中には3つの「排」があり、その「排」はそれぞれ4つの「班」からなっている。1,2,3,4班が第1排、5,6,7,8班が第2排、9,10,11,12班が第3排。てことで、測定には3,7,11班が参加する。オレは第7班だから、見事大当たりな訳だ。
 測定は今まで学んできた事を改めてテストしたりするんだけど、実弾での射撃テスト、その歩兵銃の分解・組み立てを時間内で終わらせられるかを見たり、人工呼吸や心臓マッサージのテスト、懸垂が何回出来るか、1分間で腹筋、腕立てが何回出来るか、3000mを合格タイム内で走りきれるか、そして銃剣道を3つの班で行って、その動作、またみんなの動きが綺麗に揃っているか見たり、手榴弾を25m以上投げられるか測ったり、実戦を想定した訓練での動きが正確に出来るかどうかテストしたりと、2日間に渡って測定が行われた。
 この中でも銃剣道を測定前に集中的に特訓させられ、ちょっと大変だった。突き、体を180度回転させてからの突きなど、色々な動作を正確にしなければならず、更に3つの班での動作になるから、動きながらも列を乱しちゃいけないし、当然動きも揃ってなければいけない。そう簡単に30何人が綺麗に動くはずもなく、何度も何度も練習して怒られたりしながら時間が過ぎていく。測定に参加しない人といえば軍営の掃除に徹していた。掃除のほうが楽に見えるけど、オレは測定班でよかったと思う。特訓も相当疲れるけど、単調な掃除をずっとしなければいけないのも結構な苦痛だ。
 オレの測定の成績は、まぁ普通かな。普通にこなせたと思う。射撃は成績が出なくてちょっと悔しかったけど。射撃テストの前に試し撃ちがあったんだけど、命中率100%と今までになく調子がよかった。が、本番では2発目で銃が故障、そのまま時間切れになって成績が残せなかった。銃剣道は練習の甲斐もあって、みんな比較的動きも揃っていて、列の乱れも少なかった。印象深いのは実戦訓練のテストかな。ヘルメット・水筒・防毒マスク・スコップなど完全武装をして、銃も持って、更に顔を真っ黒に塗って、体の至る所に雑草をつけてカモフラージュした状態で行われた。今迄で一番軍人になった感じがした瞬間だった。
 新兵訓練から卒業する日も間もなくなので、測定が終わった後は比較的楽な時間を過ごせた。みんなで語り合う時間もあったり、長官たちを語ったり写真を撮ったり。この長期休暇が終わるとみんなそれぞれ違う場所に配属されるから、世話になった長官は言うまでもなく、仲間たちともバラバラになってしまうのだ。さすがに1ヶ月も共同生活していると班の仲間意識、同じ寝室にいる人らの仲間意識は結構強いものになっていた。
 あぁそうそう、そういえば一昨日の夜だったかな、寝室で「大地震」があったんだよなぁ。何かというと、新兵訓練は規制が厳しく、携帯とかタバコとか絶対持ち込んじゃいけないことになってるんだけど、それでもやっぱり持ってくる奴がいて、それを感づかれたのか、寝室全員の荷物を床にひっくり返しての大捜査が行われた。これはいやだったなぁ。せっかくバッグに綺麗に詰めたものをすべてひっくり返されるんだもん。集団生活だからしょうがないけど、無実の人までやらされるんだからちょっと腹が立った。
 昨晩帰って来てからはコンビニで夜食を買って、その後すぐにパソコンを出してネットを繋げた。久しぶりになる彼女との会話。ケーキ屋の店員である彼女はクリスマス・シーズンで仕事が忙しく、あまり会話も出来なかったが、連絡が取れてホッとした。そして今日はとにかく家の中でゆっくりしている。持ち帰った迷彩服などを洗濯したり、久々に楽器をいじったり、こうしてパソコンをしたり、外で食事して軽く買い物もしたり。ホッとできる時間を持てているけど、やっぱり何かが足りない。自分の家、自分のフィールドに戻りたいよな、やっぱり。まだまだ先は長い。
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by aynil24 | 2004-12-23 19:15 | training days
2004年 12月 11日
休日を過ごす
 朝目覚めると、伯父家のリビングにあるソファーに寝ていた。何故って、昨日の夜、突然従弟が帰ってきたのだ。な訳で即席でリビングに寝床を作って寝ることになった。ソファーだからって窮屈でもなく、快適な夜を過ごした。従弟が帰ってきたのは、今日の選挙のためだ。
 今日11日は台湾の国会議員にあたる立法委員を選ぶ大事な日、オレもどさくさに紛れて我が人生において初の投票をした。といっても、台湾の政治家なんて誰も知らないし、どんな政策が台湾にとって良いのかなんてもっと分らないオレ。実はただ単に伯母に「一票入れてよぉ」なんて頼まれて投票しただけ。初の選挙権行使がこんな形になるとは(笑)。近くの幼稚園が投票所になっていて、従兄妹達とともに投票に向かった。初体験のオレは従妹にあたふたしながらやり方を聞いたりした。
 昨日はほぼ一日中仕事で台湾に来ていた母と行動をともにして、ご飯を食べたり軍での話をしたりしたが、今日は父方の親戚とずっと一緒だった。夕方前頃から親父宅に行って、妹達や従兄の子供たちと遊んだ。子供たちはまた新しいゲームを手に入れたらしく、それをずっと遊んでいた。EyeToyってやつでUSBカメラを繋げて体を動かして遊ぶタイプのゲームだ。大人と子供が混ざってTV画面に向かって手を一生懸命ふったりして遊んだ。結構楽しい。
 夕食後しばらくして、妹と2人で近くの士林夜市に出かけて買い物をした。軍営生活で必要なものがもう少しあったから、その買い物に付き合ってくれたのだ。声がかれて咳が出るのでその薬と、一番の目的は、軍での必需品デジタル時計を超安値で買ってきた。夜でも見えるようにライトがついてるやつで、一発で時間が分かるデジタル時計は分刻みの軍営生活の中で相当な役目を果たしてくれるはずだ。今までも時計を持っていたけど、親父がくれた24時間の針時計で、そりゃ見難くて仕方がなかった。
 そう、台北に戻ってくる2,3日前くらいから喉の調子がよくない。軽い風邪と、訓練内容で軍歌などを大声で叫ぶように声を出す事があるから、そのおかげで声が出ないし咳も治らない。突然思い出したけど、仲間のなかでのオレのあだ名、“神奈川”か“日本仔”と呼ばれている。後者は日本人って言う意味。妥当なあだ名かと。我が人生においてあだ名をもらうのは数少なく、ちょっと嬉しかったりもする。神奈川って言う地名は意外と台湾の若者の中で浸透している。実はこれは漫画「スラムダンク」のお蔭。こっちで結構売れた漫画なのだ。神奈川に住んでるっていうと、必ず「湘北高校って本当にあるの?」って聞かれる。
 実は今住んでいる伯父家の真向かいにいつも一緒にいる仲間が住んでいて、更にそいつは我が地元矢部に一ヶ月ホームステイをした事があるそうな。只ならぬ偶然。これを聞いたとき本当にびっくりした。新宿とかああいう都会の話をして分かるんなら普通に理解できるけど、矢部の話をして分かってくれる人がいるとは思わなかった。
 はて、明日にはまた軍営に戻る事に。あと11日もすれば今度はもっと長い休暇が待っている。それまでは実弾を使った訓練もあったりと内容も濃いが、今まで通りまじめに頑張っていればすぐに休みも来るだろう。ファイト、オレ!
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by aynil24 | 2004-12-11 23:58 | soldier’s holiday
2004年 12月 10日
軍営生活
 昨日の夜、貸切のバスに乗って仲間たちとともに台北へ戻ってきた。そう、今日から日曜の昼までお休みなのです。軍に入って初めての休み、みんなこの日を待ちに待っていた。久々に私服を身にまとい、軽やかにバスに乗り込んだ。ただ一つ来た時と違うのは、みんな、綺麗に丸刈りにされている事。訓練中に着る軍服やジャージ姿での全員丸坊主ってのは見慣れているけど、私服なのにみんな丸坊主っていう光景は何故か笑えた。
 軍営に入ってから2週間ちょっと、時間の流れが本当に遅く感じられた。そして本当に濃い2週間だったせいか、もう1ヶ月以上あの軍営にいたように感じられる。濃い内容ではあったけど、想像していた訓練付けの日々でもなかった。意外と体を動かす訓練が少ないのに驚いた。最初の3,4日は軽く腕立て伏せやランニングがあったけど、決してきついものではなく難なくこなした。それよりも色んな資料を記入しなければいけないのが面倒だった。喋るのはそれほど問題はないけど、中国語で読む・書くって言う作業はオレにはまだまだつらいもの。
 最初の1週間は「適応週」って事で比較的楽だったけど、それでもちゃんと食事は体力が付くようにとちゃんと出され、それも脂っこかったりするので、軍に入ったのに太るんじゃないかと心配になったほど。それを過ぎてからの1週間ちょっとは少しずつきつい訓練も取り込まれてきたが、何とか付いていけた。腕立てや腹筋・懸垂などの回数も徐々に増え、走る距離もだんだん増えてくる。そして歩兵銃を使った訓練も加わる。銃の仕組み、狙う時の姿勢、持ち歩く時の姿勢、そして銃剣を付けての銃剣術も習う。
 この銃を使った授業が一番嫌いだったりする。何がって、3.5キロの歩兵銃、ずっときちっとした姿勢で持っていたり、更にそれを振り回して突きとかやったり、突きの姿勢が綺麗じゃないと動作の途中で止められて、突いたままのきつい姿勢で持っていたりすると、もう腕が使い物にならなくなるくらい疲れる。食事はステンレス製の茶碗と箸を使うんだけど、銃の訓練が終わった後は食器のこすれあう音がいつもより大きくなっていたりする。何故って、みんな疲れ切ってプルプル震える手で重くなったおかずを懸命に持ち上げて食べようとするからだ。食事もままならない。
 それ以上に嫌いな訓練が、上半身に色んな装備(水筒・銃剣・防毒マスク・スコップ)を付けて、更に銃を持って戦闘中の状況を想像しながら芝生の上を駆けたりほふく前進したりコロコロ転がったり…これが本当に疲れる。装備が重いのなんの。水筒を満タンにしておくともうたまらん。で、色んな装備が転がるたんびに体に当たって痛かったりする。身体的な負担は何とか乗り越えられるんだけど、実はこの授業、戦闘状況の文章を暗記してから望むのだ。みんなで文章を読みながら動作をするんだけど、中国語の文章を暗記する作業がオレには相当つらかったりする。輪をかけてつらい授業だ。
 とにかく緊張の毎日だったけど、緊張の原因は上に書いた訓練から来るものじゃなかったりする。軍営での生活は、朝起きてから寝るまで、きっちりした時間割で決められている。どんな理由があろうと時間に遅れるとばっちり「怠慢だぁー!」って叱られる。そして一日に何度となくかかる集合の号令。大抵が「3分後に集合場に集合!」なんだけど、これも遅れるとばっちり「怠慢だぁー!」って叱られる。たまに5分後ってのがあるけど、時間がちょっと長く取ってある時は大抵が着替えて降りて来いっていう感じか。時間は長いが余計に忙しい。とまぁとにかく時間に追われるから緊張のしっぱなしだ。
 一日のうちで一番気が楽なのは昼休みかな。台湾では昼寝をする習慣があるから、昼休みは長く取ってあるのだ。でも寝なきゃゆっくりいろんなことが出来る。夜の就寝後もホッと出来そうな感じはするけど、次の朝ちゃんと起きなきゃいけないっていうのもあって、安心して寝る事は正直出来ない。朝は本当に忙しいのだ。6時に起きて、蚊帳と寝袋を素早く片付けて着替えたり顔洗ったりして15分後には集合してないといけない。それを思うとおちおち寝てもいられない。あ、寝袋といってもちゃんとベッドに寝てたりします。寝袋は広げて布団代わりに使う感じ。ベッドは2段ベッドがだぁーっと並べてあって、総勢43人が一つの大部屋で一緒に寝てます。自分だけの空間なんてありません。
 オレがいる隊は総勢127人いて、それぞれの人に班や番号が振り分けられている。背の順に大きいほうから1番って感じで、オレは第7班で69番。因みに隣の68番、戸籍を置いている伯父家のすぐ向かいのマンションに住んでいた。んなもんで仲良くなって、帰りも一緒に帰ってきた。また軍営に出かける時も一緒に行く予定だ。1人で行ってもいいんだけど、貸切バスに乗る場所がよく分らないから連れて行ってもらうことにした。知り合ってよかった。
 当然軍中での生活は慣れないし嫌だけど、つらい事ばかりでもない。訓練中や集合する時は長官たちも厳粛になってバシバシ罵声が飛ぶんだけど、それ以外の場面では普通にいい先輩だったりする。まぁ先輩と言えどもほとんどが年下だけど。な訳でオレの状況を話す機会もあって、例によって同情を集めたりする。長官のうち2人は日本留学の経験もあって、時々日本語で喋りかけてくれる。ギターを持っている長官もいて、それを弾かせてもらったり、教えたり。楽しげな時間もあったりするのだ。
 この前の日曜に懇親会もあったりして気楽な日もあった。軍営からはやっぱり出られないんだけど、親、親戚友達などが軍営を尋ねて訓練中のオレらを労う為の行事だ。この日はちょうど仕事の関係もあって台湾に来ていた母が尋ねてきてくれた。食べ物をいっぱい従えて。んで親父方の親戚たちも尋ねてきてくれた。初めて軍服姿を親に見せた日だ。こんな遠くまで訪ねてきてくれる事に感謝感激。
 そして更にうれしい事に、母は彼女の手紙を持ってきてくれていたのだ。最高に嬉しかった。同時に寂しさも湧き出てくる。他の人はこの休みに自分の家に戻ったり彼女や友達と過ごせるけど、オレはそれが出来ない。仕方がないと思う反面、やっぱ不公平だと思う気持ちも湧き出る。
 2,3日前にちょっとしたイベントもあったな。どっかから劇団がやってきて、2時間くらいのステージをやって帰って言った。緊張を解き放てる時間でもあって楽しかった。内容はまぁ少々古臭いものだったけど、それなりに楽しかった。
 あと2週間、新兵訓練の日々が続く。来週は実弾での射撃練習もあるらしい。ちょっと怖いって言うのが正直な気持ちかな。更に訓練が厳しくなっていきそうな予感もするし。でも、とにかく精進して色んな事をこなしていかないと。頑張りませう。
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by aynil24 | 2004-12-10 23:58 | training days