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2006年 03月 28日
バトンほったらかしにしてしまってました・・・
がんさんの[持ち物バトン]にTB。
かおりさんの[持ち物バトンに参加。]にTB。

 せっかくがんさんからいただいた持ち物バトンを長い事ほったらかしにしてしまいました、いや、がんさん本当申し訳ないっす。軍人やってたときの持ち物中心にお届けします。これが日本に帰ってきてからの最初の投稿です。

Q1:財布はどんなのを使っていますか?

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 ←何もブランドもない恐らく台湾の夜市で買ったと思われる財布。部隊にも持ち込むのに前に使っていた高価そうなものはどうかと思ったので、親父のとこにあったのをもらって使っていた。




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 →これがその高価そうなやつ(笑)。左上のコインケースは彼女からもらったプレゼントで、コムサ・デ・モードのもの。右下のはかのグッチの財布、こちらは母親からかっさらった品(爆)。





Q2:携帯はどんなのを使っていますか?
Q3:使っている携帯ストラップは?

 台湾では携帯を使っていなかったのでこの質問には答えられません…。

Q4:手帖はもっていますか?

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 ←えぇ、持っています。これは無印良品で買ったかなり小さな手帳で持ち運びに便利。常に持っていて、予定を書き込むっていうよりは、その日に起きた事などを書き留める日記帳として使っていた。



Q5:バックはどのようなものを持っていますか?

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 →アウトレットモールにて安値で買ったバッグ、休日に台北の街を歩く時はこれを持ち歩いていた。







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 ←リーボックのドラムバッグ。これは高校の時通学にも使ったもので、台湾では部隊から休みで出てくる時などに使っていた。訓練時に来た迷彩服などを、休みの時に家に持ち帰って洗濯する為に使っていたので、これくらいの大きさは必要。




Q6:バックの中身は?

b0067086_16354513.jpg →軍営から休暇で出てくる時とかはこんな感じです。洗濯する迷彩服に加えて、折り畳み傘(UNIQLO)、手帳、成功ノート、リップクリームや塗り薬を入れる小さなポーチ。そして写真にはありませんが、これに私服の着替えや歯磨きなど日常用品も常に入っていて、外泊の準備もしっかりとしていた。

Q7:持ち歩かないとダメ!というものを3つ上げましょう。

 財布、手帳、上にも出てきた成功ノート。この成功ノートは電話帳として使っていて、テレカも入っている。カバーには“成功”という二文字が印刷されていたが、使うにつれていつの間に消えていた。因みにこのノートは入隊したばかりのころに軍に買わされたもの。

Q8:このバトンを回す人7人は?

 いや、友達のそう多くない僕に7人も無理です…。頑張ってやってくれそうな人探してみます。
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by aynil24 | 2006-03-28 17:20
2006年 03月 23日
ターニング・ポイント
 台北と恆春の往復は本当に遠く、昨日は車に乗っている時間だけで14時間はあっただろうか。だがこれも大事な書類、そして一つの区切りをつけるためにはどうしても必要だった。いつも乗っている長距離バスを3時間も早く台北から出発して、昼過ぎには高雄についた。バスを降りる場所にいつものタクシー運転手が客を乗せるためスタンバっていた。この運転手っていうのが、部隊に配属された当初から高雄・林園間をオレたちを乗せてくれた人で、もうすっかり顔なじみ。「おぉ、阿本仔(台湾語で日本人の意、オレのあだ名にもなっていた)、久しぶり」なんて感じで挨拶を交わす。実は昨年末から訳あってあまり彼らのタクシーに乗っていなかったのだ。
 部隊が恆春にいるのは彼も知っていて、オレが恆春まで退伍令をもらいに行くというと、ちょうど恆春まで休暇で出てくる軍人を乗せに行くからついでに乗るよう声をかけてくれた。タクシーはかなり値が張るし、少し渋っていたけど、ずっと乗せてくれた人だし、最後にもう一度乗せてもらってもいいかなと思い承諾した。移動時間はここで実は1時間以上短縮された。タクシーはやっぱり速い。しかも”ついで”っていう事もあって、400元という破格の値段だった。色々思い出話したし、実に嬉しい出来事だった。
 恆春の軍営に着くと住んでいたテントは既に撤去され、宿舎への引越しのため数人が動いていた。部隊のその他の人は、訓練のためここから離れた野外にテントを張り、そこで生活している。それでも退伍令はここにある本部でもらう事になっていて、残っている長官から1年4ヶ月待っていたこの書類を手渡してもらった。作業をしていた数人と会話を交わすことが出来たが、そのほか大多数の人と最後に顔を合わすことが出来なかったので、残念だ。みんな訓練で大変なんだろうと思い、お金を長官に託しみんなに何か食べ物や飲み物を買ってあげるよう頼んで、軍営を後にした。
 台北へは長距離バスを乗り継ぎ帰ってきた。着いたのは早朝の4時ごろだった。PCで意外にもオンラインだった彼女としばし会話を交わし、どうしよもなく疲れたので少し仮眠をとった。移動していただけとは言え、これが結構疲労感を与えてくれる。
 そして今朝はそのもらったばかりの退伍令を持って区役所は兵役課に。久しぶりに行くこの場所で、兵役を終えたことを報告する手続きを。健康保険のほうでも手続きが必要だったのでついでに片付ける。更にパスポートに押されているあの「尚未履行兵役」という忌々しい判子の効用を取り消すため、雨の降る中構わず外交部へ向う。例の判子の下に「兵役管制取り消し」の判子が押される。これでやっと一息つける。後は荷物を片付けて日本に飛び立つだけになった。無事に帰れるのだ。
 3月27日の便で、日本に帰ります。
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by aynil24 | 2006-03-23 22:31 | stairways to heaven?
2006年 03月 21日
同期
 昨日の台北は雨が降り、気温も低めの悪い天気。その方がオレは好きだったりするんだけどね。雨はともかく、ちょっと肌寒い感じの天気は好きだ。そんな天気の中、昼過ぎに出かけ、先週申請した就労ビザを受け取りに日本交流協会へ。番号札をもらって30分くらい待ったか、自分の番になると身分証明書を提示して1000元を払い、無事にパスポートとともにビザを手にした。ビザを取らなきゃいけないのは本当に面倒だ、どうしてそのまま自分の家に帰れないのかな。
 交流協会を出るとそのまま雨の中を歩きショッピングモールへ。日本に帰ると台湾の屋台料理が食べられなくなるから、そのために是非レシピがほしいと思っていて、ショッピングモールの本のコーナーでいいものはないか立ち読み。他にもデジタル周辺機器を見たり。やはりブルートゥースのワイヤレス・ヘッドホンがとても気になる。でも高い。1時間強うろうろした後、今度はお馴染み微風広場へ。紀伊国屋書店によってまたも立ち読み。ここでもレシピ本をみたりしたが、お勧めのコーナーにあった「生協の白石さん」がとても面白かった。1人でクスクスと笑いながら読んだ。
 夜6時半になると今度はテクテクと歩いて近くのSOGOへ。実は今日ここで同期、新兵訓練で同じ班だったみんなと待ち合わせしているのだ。一年ちょっと前に、みんながそれぞれ違う部隊に配属される前にした約束、除隊したらみんなで集まろうという約束を果たすために。昨日集まったのは4人だけだったが、それでもよく集まったと思う。なぜならオレ以外の同期はもう既に除隊していて仕事をしていたり、仕事を探していたりと忙しくしているのだ。台湾の高校・大学では軍事訓練の授業があって、その単位をとると兵役の期間を単位の分だけ短くする事が出来る。大学まですべての軍事訓練の単位をとると、最大で30日早く除隊出来るのだ。オレの同期はみんなほとんど大学生だから、そんな訳で2月末にはみんな除隊していた。なので昨日集まった中で、まだオレだけは軍人だった。
 夕食を一緒に食べて、もうみんなでしゃべりまくった。仕事の話、仕事探しの話し、そして盛り上がったのはやっぱり軍にいた時の数々のエピソードだろうか。みんなそれぞれの時間を乗り越えてきたばかりだから、この共感出来る話題がやっぱり一番花を咲かせる。気が付くと終電間際で、いそいそとみんな解散していった。翌日仕事の人もいたしね。彼らと次に会うのはいつになるんだろうか。連絡は途絶えないようにしたいが、日本に帰ってしまえば台湾側の事は気にしたくない気持ちもある。まぁ、なるようになるか。
 明日はいよいよ除隊の証明となる「退伍令」をもらいに恆春まで行く。遠い。でも行かないと兵役を終わらす事が出来ない、仕方がない。明日は朝からバスに乗っていって、恐らく台北にまた戻ってくるのはもう日付が変わって結構たつころだろう。本当に面倒だ。
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by aynil24 | 2006-03-21 12:46 | soldier’s holiday
2006年 03月 20日
目的を果たしたかな
 昨日と一昨日はもうとにかく疲れた体を癒し、ゆっくり休みながらこなせていなかったPC作業を片付け、友達や親戚達と連絡を取り合った。他にはエアチケットの予約と振込みも済み、後はチケットがメールで送られてくるのを待つのみ。金曜に手続きを終えていたビザの方も、今日の午後には受け取れる予定だ。今日からはもう服など荷物を少しずつ片さなければ。あまりに多くなるようなら、郵送で送ろうかとも思っている。
 昨日は更に親父宅に行く前に、士林夜市に寄って屋台料理をたらふく食べてきた。牡蠣オムレツや臭豆腐など、そしてデザートの飲み物にタロイモ風味パールミルクティを。かなりお腹いっぱい食べた。親父のとこでは生春巻きをこれまたたくさんほうばり、とにかくお腹が膨れた一日だった。もちろん食べ物ばかりでなく、父方の親戚たちともちゃんと交流したけどね。
 色々と思い返す余裕が今はあるので、暇な時間にこの1年4ヶ月を振り返ったりもした。入った当初はそれこそなかなか兵役に対して心が開けずにいて、その環境下での生活が嫌でとてもつらかったけど、後半は軍での地位も段々と高いものになっていき、台湾での暮らしにも慣れた事もあって、兵役という制度に反対する気持ちなどを気にしなくなって、気持ちも楽になっていった。気にしなくなったというより、やっと諦めが付いたといったほうが正しいかもしれない。それでも早く日本に帰りたいという思いは消える事はなかったけどね。
 ただ、軍の中では自分の地位を築けた、その点では成功したんじゃないかと思う。これだけ日本語が話せる人がいなくなった事で、司令部では長官が次の来賓接待について悩んでいたし、トランペット兵の方でもヘッドコーチ、そして最も確実に演奏出来る人が除隊になる事で、上の方では残念がっている。ただ単に静かに除隊していくほとんどの人と比べて、多くの長官に印象づかせて、オレの除隊が軍にとっての損失と上に思わせることが出来た事で、オレの目的は果たされたと思う。
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by aynil24 | 2006-03-20 11:23 | soldier’s holiday
2006年 03月 17日
最後のあがき
 前回の休みからのべ20日間を経て、やっと今日休みになった。しかも6日間。で、更にめでたい事に、この6日間の休みが軍中の言葉で「退伍假」といい、そう、除隊前の最後の休みとなったのだ。休み明けにまた部隊に行き、除隊令をもらってくればそれでこの1年4ヶ月の兵役は終了となる。やっと、だ。もともと除隊まで週休2日で休むだろうと思っていたが、連長のはからいで3月の休み6日間を最後の最後に貯めて一気に休む事になった。連長に感謝、この方が色々と手続きなどがしやすいもの。
 さてこの20日間、もう部隊では先輩がいなくなって、自分が一番経験が多い「老兵」になって、通常除隊を待つだけの老兵は特に職務も与えられず、部隊が授業などしてる時は宿舎に残って留守してるだけになるんだけど、オレの場合はそれとは180度違って、この最後の20日間が一番疲れる日々となった。3月3日に、その次の日に部隊が恆春基地に進駐する前準備をする人員として先に恆春へ行き、部隊のために小雨の寒い中テントを張った。そう、この恆春基地の訓練はテント暮らしから始まるのだ。恆春名物の下ろし風に阻まれながらもテント張りは無事に進み、4日に部隊は到着しそのまま住み込んだ。そして、疲労困憊の日々が始まった。
 まずは訓練開始の式典に参加し、ここではトランペット兵としての役目を果たし、司令をトランペットで向かえた。この次の日にまた司令部に日本のお客さんが来て、通訳としてお呼ばれされた。今回は日本交流協会の方が司令部を参観し、この方はもう中国語が達者で通訳なんて必要なかった。それでもお喋りなどしたりした。名刺をもらったが、軍で交流協会の方と知り合えたのはとても大きな収穫だ。この日は恆春-左営と往復300キロの道のりを経て、部隊に戻った。その部隊といえば土日の休みに向けて片付けに入った。オレはといえば土日は軍営で留守し、月曜からはどんな日々が始まるのだろうかとやきもきしながら過ごした。
 月曜から始まった訓練は厳しいものではなかったが、オレたちは「歩兵」という事なので、とにかく歩きに歩いた。軍営から訓練場まで歩き、訓練場でも更に歩き、また歩いて帰る。装備、荷物もまた重くて、寝袋やらいっぱい物が詰まった重いバックパックを背負って、更にはそれぞれ担当している武器を手にしている。両肩は筋肉痛、足にはまめが出来放題。一日多い時で30キロを歩くこの訓練、昨日まで約2週間続けていた。本当に疲れた。

 昨日の夜10時に休みになり、疲労困憊の体を引きずってバスに乗って恆春から高雄に向う。これだけで2時間。更にいつもの長距離バスに乗って台北へ。全部で7時間かかって、今日の早朝5時にやっと到着した。だが、ここで休む訳にはいかず、まずはビザの手続きやエアチケットの予約を済まさなければいけなかった。これをちゃんとやっておかないと、せっかく除隊になっても日本に帰るのが延び延びになってしまうからね。そんな訳で、ちゃんと体を休ませたのは今日の夕方前からだった。
 この休みの間は、親戚に会って最後の挨拶をしたり、軍で知り合った友達とかとも会う予定。次に台湾に来るのはいつになるか分からないし、もう来る事はないのかもしれないしね。あぁ、そんな事はないか、仕事で来るかもしれないし。ともかく、2度と会わなくなるかもしれない人がいっぱいいるという事だ。やっと、だな。やっとこの時を迎えたのだ。
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by aynil24 | 2006-03-17 22:28 | stairways to heaven?